長野県で木造住宅の家を建てる工務店の匠の声です。
注文住宅をお考えなら、美し信州建設にお任せください。

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家づくりの現場から 匠たち

大工 井出 袈裟男【井出建築】木をよく見ること。見えないところにしっかりとした仕事をすること。

井出 袈裟男 写真

私は大工になって40年以上になります。末っ子だったから早く自分で食えるようにならないとダメだったからねえ、修業が辛いなんて言ってられなかったですよ。

大工として心がけているのは「木をよく見る」ことと、「見えないところにしっかりとした仕事をする」ってこと。それでずいぶん家のもち方が変わってくるんです。中島社長は木曽ひのきに惚れこんでいるから、いい材料を使って建てられて、我々は幸せ者ですよ。

それに社長は"自分一人で仕事をしたっていいものはできない"というのが口ぐせで、職人の和をものすごく大切にしているから、現場には"みんなでお客様のためにいいものをつくろう"という気持ちが常に満ちています。

私たちも「信匠会」をつくって、毎月工程会議をしたり、技術に関する意見交換をしています。また、自分の気持ちを上手に伝えられるように意見発表をして話す練習もしているんです。お客様とコミュニケーションを取って、きちんと希望に応えるのも大工の仕事のうち。私は口ベタだから大変なんですけど(笑)。

美し信州建設は、めざしているところが社長も大工も一緒という感じが強くするんですよ。そこがなんとも嬉しいし、ますます頑張ろうと思える所以だと思います。

お客様と井出大工

▲どこの現場でも井出大工はお客様に大人気。この日は自家製野菜を炊き込んだおにぎりの差し入れをいただきました。

左官 遠藤 仁【(有)遠藤工業】左官は天職。「翔和会」も立ち上げて切磋琢磨しています。

遠藤 仁 写真

私は左官を天職だと思っていて、それ以外の仕事はしたことがありません。いまも年に一度は京都に行って、技術の研鑽に努めています。この仕事は奥が深くて、いくら修業してもこれで終りということがないところが魅力だと思います。

美し信州建設には匠たちの会「信匠会」がありますが、それとは別に若い職人たちでつくる「翔和会」というのがあります。いま会長をしている坂井剛さんと私で立ち上げました。立ち上げた理由は、若い者同士で切磋琢磨する場が欲しかったから。実際顔を合わせる機会が増えることで、みんなの意識がずいぶん変わりました。マナーも良くなったし、挨拶も大きく元気な声でできるようになりました。やはり問題意識を共有し、お互いに高めあうことって大事ですね。それに、つながりがあると、現場に行くのが楽しいんですよ。これがもし誰かにやらされてやっている会なら、きっと全然楽しくなくて「面倒くさいな」とか思うんでしょうけれど、自発的にやっているとこんなに楽しいものかと、自分たちでもびっくりするくらいです。

仕事中の遠藤

もうひとつ私がいいなと思うのは、お客様の会「里楽の会」が美し信州建設にはあることです。ふつう私たち職人は、工事が終るとお客様との接点がなくなることが多いのですが、里楽の会があることで、イベントやアフター点検を通じてずっと接点を持ち続けることができます。先日もレストランで食事をしていたら、3年程前に家を建てられたお客様から声をかけていただきました。その嬉しさはちょっと言葉で言えないくらい。お客様、職人、そして美し信州建設のスタッフ、みんなの顔が見えるこの関係が私は大好きです。

左官 坂井 甫【坂井左官工業】「技は盗んで覚えろ」ではなく「いいことはみんなで伝え合おう」。

坂井 甫 写真

左官という仕事は気候風土に左右される仕事でね、冬は凍みるし夏はやける。そんな中でいつまでも美しくて割れたりひびが入ったりしないように仕事をするのは、苦労ではあるけれど、やりがいのあることでもあるんです。

私が左官になった頃は「技は盗んで覚えろ」という時代で、職人同士が教えあうということはまずありませんでした。ところが社長は「いいことはみんなで伝え合おう」という信念の持ち主で、技術委員会を設けて技術を教えあうようになりました。確かにその方がいいに決まっています。だって、お客様にとっては「あの人はできるけどこの人はできない」のは、はなはだ迷惑な話ですから。

そんな風に美し信州建設というのは、とにかくお客様のことを第一に思って動いている会社です。私は社長が会社をつくった頃から一緒に仕事をしているから、よく知っています。その頃に建ててくださったお客様もずっと大切にして、アフター点検も欠かさず行っているし、私はこの会社で仕事をしてきたことを誇りに思いますね。

仕事中の坂井

畳職人 木下 嘉章【木下畳店】畳職人三代目。父の評判に負けないように必死で勉強しました。

木下 嘉章 写真

祖父の代からの畳職人で、私で3代目になります。畳というのはみなさん長方形だと思っているでしょ? でも厳密に言うと違うんです。 できあがった家の和室の寸法を測り、収まりを考えて作っていくと、微妙に四辺の長さは違ってきます。 これをいい具合につくれ、きれいに収められて初めて一人前の畳職人と言えるわけです。

身内を誉めるようで恐縮ですが、私の父はものすごく腕がいいと言われた畳職人でした。 でも私に家を継げと言ったことは一度もなく、私自身も家を離れディーラーの仕事をしていました。 けれど、やはり血というものでしょうか、畳屋を継ごうと決意して帰ってきた矢先、24歳の時に父が倒れたのです。

小さい頃から父が仕事をしているのを見てきたので、一通りのことはわかっていました。 けれどもなまじ父の評判がよかっただけに、ものすごいプレッシャーがありました。 父の入院先に通って仕事を教えてもらい、必死で勉強しました。

その頃です、美し信州建設の社長から、厳しくも暖かく励ましていただいたのは。

"お客様のところに変なものは入れられないから、絶対にいいものを納めてくれ"と言われたんです。 美し信州建設さんは、創業された頃から父の畳を使ってくださっていたので、畳の良し悪しもよくわかっていらっしゃるんですね。 これが励みになりました。ようし、負けるものかと思いましたね。 もし仮に、"多少質は落ちるけどまあいいよ"なんて言われていたら、いまの自分はなかったと思います。

厳しく、しかし本当の意味のやさしさで接してくださった美し信州建設さんに、私はこれからもいい畳を作り続けることで、応えていきたいと思っています。

仕事中の木下

建具 小林 芳晴【小林木工所】いいものを作る。自分に合った仕事をできる自分は幸せ者。

小林 芳晴 写真

自分で材木屋に行って木を仕入れ、十分に寝かせることで狂いの少ない、いい建具をつくることができます。黙々と根気の要る作業ですが、口下手な私にはぴったりの仕事。仕事場のある青木村は山間部で空気もよく、こういうところで自分に合った仕事をできる自分は幸せ者だと思います。

美し信州建設の家を選ばれるお客様は、細部にもこだわりのある方が多いです。それに美し信州建設の設計士も現場監督も、手のかかる色々な注文をつけてきます。そうすると私も職人の性で、仕事にも自然に力が入ります。

美し信州建設さんは、私たち職人にお客様の反応をちゃんと伝えてくださるのですが、"喜んでおられましたよ"と言われるとやはり嬉しいですね。毎晩楽しみにしているお酒が一層おいしく感じられます。

美し信州建設の中嶋社長は仕事に厳しくて、何でもいいという態度は絶対にとらない人。私のようなものづくりにとっては、その方がはっきりしていてやりいいんです。とにかく社長を信じて、いいものを作ることだけに集中していればいいのですから。

仕事中の小林
集合写真
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