原点はふるさとの村

原点はふるさとの村

原点はふるさとの村私は信州・武石村(現上田市)の生まれです。牛が放牧され、花が咲き乱れる美ヶ原高原の東の山裾に広がる、それはそれはのどかな村です。いまは造成されて広い道が通り、田畑も大きく拡げられましたが、私が小さい頃の村は、美ヶ原がつくり出すいくつもの尾根や谷、川の流れに沿って集落が営まれ、まるで昔話のような風景が広がっていました。

原点はふるさとの村

大自然に抱かれた里山で、私は親戚の子や友達と一緒に川で魚を釣ったり、山菜採りをしたりして過ごしました。そう書くと遊びほうけているように聞こえますが、じつは魚釣りや山菜採りは、その日の家族の夕飯のおかずを得るという、かなり切実な目的も持っていたのです。

私の家は大百姓でしたから、田畑もたくさんありました。私だけでなく、子どもたちはじつによく働きました。田んぼや畑の手伝い、牛、豚、ニワトリ、ウサギの世話。私は小学校4年になると牛乳配達も始めました。もちろん大人はその何倍も働きます。額に汗して働いた者が、3度のご飯をおいしくいただける、それが当たり前でした。

私はいまでもそれが人間本来のあり方だと思っています。小さい子は小さい子なりに、お年寄りはお年寄りなりに役割があって、頼りにされていると思えば頑張れるものです。それでもできない部分は誰かがさりげなく手を添える。村ではごく自然にそういう生活が営まれていました。人情厚いふるさとは、いまも私の誇りであり、原点と言えるものです。

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